歌津中学校の様子と取り組み

歌津地区は南三陸町第2の集落で志津川地区より北東に車で30分ほどの所に位置し、津波被害前の居住人口は約5000人、主に漁業の町として栄えてきた。6月中は12日と17-18日の2回にわたって歌津地区を訪問した。

リアス式海岸特有のV字谷の地形(三角州の低地部)に中心市街地が広がり、家屋・漁業関係施設・国道45号線が津波によって大きな被害を受けた。町を見晴らすことのできる高台に小学校・中学校があり、津波は小学校の1階部分まで浸水したという。高台から中学校の校長先生に津波の襲ってくるまでの描写をうかがうことができた。津波が到着するまでの異常な引き潮・20分おきに深夜まで襲ってきた幾重にもわたる津波・1波よりエネルギーの増幅された2波3波の方が強烈であったことなど、筆者の予想していた津波の印象とだいぶ異なったので印象的だった。中 学校の体育館は避難所として利用されており、また両校の校庭の隅に仮設住宅が設置されている。難を逃れた格好の平場として「校庭」が挙げられるが、先生方 の意見としては、子供たちの部活動・遊びの場が少なることへのジレンマも同時にあるようだ。仮設住宅は中学校校庭に37棟並んでおり、コミュニティセンターに類する施設は併設されていない。仮設住宅内に集会所を設置する明確な基準があるのか否かについてはまだはっきりとしないが、歌津地区内でもある所とない所がある。校 庭脇にはバイオマスボイラーを用いた銭湯がある。メインの機器であるボイラーと、燃料となるヤシの実の殻・乾燥汚泥は無償で提供されたそうだ。古くから人 と人との結びつきの強いこの地域において、銭湯の入り口のちょっとしたスペースが憩いの場となっている。関連して、現在仮設住宅内に津波被害を受け枯死し た杉材を用いたベンチを設置する動きがあるようだ。この取り組みには、倒木による危険を回避すること、地元の大工さんたちに仕事を提供すること、コミュニ ティ内の親交を深めることという3つのアドバンテージがある。こういったシステムを提案することが我々に求められているのではないかと思った。

歌 津中学校内の限られたスペースの中で、学校関係者・仮設住宅内居住者の生活環境をよくすること、コミュニティの輪をいかに取り繕うかという課題に対して、 我々は“モノを作る”ということで応えたいと考えている。たとえ仮設だったとしても、利用者のことを最大限に考えた使い勝手のいいものを作りたいという願 いがある。そのためには、どんな人々が、何を、どこに欲しているか、そしていかに人々に愛されるものを作るか(提案するか)ということを考えていく必要が あるように思う。避難所、仮設住宅にお住まいの方々・学校の先生方、生徒たちとの話し合いを通じて、あるいは「作る」という作業を協働することによって、 こうした疑問符が少しずつ取れていくのではないだろうか。

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